fatima: (3)
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 ひと月あまり前、イタリアのほぼ全土にわたる大停電に、たまたま居合わせた。ローマの宿の周りが騒がしくて起きたのは、午前3時過ぎだった。窓の下の通りに異変は見えないが、テレビがつかないので停電と知る。

 夜が明けても電気は来ない。古代遺跡の都市が古代都市になったかと、街に出る。地下鉄が止まり電話も不通とフロントで聞く。バスやゴミ収集車は動いていた。商店は軒並み閉まっていて、あちこちでビービーと異常を知らせるような音が響く。開いていたカフェでは、ろうそくの光の下、店員がノートにえんぴつで注文と売り上げを書いていた。

 歩いて、バチカンのサンピエトロ寺院近くのサンタンジェロ城へ行く。停電のため入れないと職員が言う。確かに、明かりが無ければここは無理かと、中のハドリアヌス帝廟(びょう)の暗さを記した一文を思い起こす。

 「暗闇を進む。何メートルかは、照明が足もとを照らしてくれる。が、また、厚ぼったいマントのような闇がすっぽりと私を包みこむ」(須賀敦子『ユルスナールの靴』河出文庫)。紀元2世紀に没した五賢帝のひとりの墓廟は真の闇の中だ。

 見る限りの交差点の信号がすべて消えている。多くの虫が競って何かに群がるような、いつもの激しい車の走りも消えて、幾つかの角では譲り合いも見た。

 正午ごろ、裏道で、服屋の店先に明かりがともるのに気づいた。久しぶりの現代の光は、遠慮がちに古い坂道を照らし始めた。信号の戻った大通りでは車の警笛が鳴り響き、早くも、あの虫の走りがよみがえっていた。
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